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広島地方裁判所 昭和43年(ワ)613号 判決

原告

安田茂子

ほか四名

被告

常本貢

ほか二名

主文

被告常本貢、被告宮田自動車株式会社は、各自、原告安田茂子に対し、金二九五万三三六八円およびこれに対する昭和四一年七月二二日から支払すみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告安田茂子の被告常本貢・被告宮田自動車株式会社に対するその余の請求および被告上岡ハルヨに対する請求は、いずれも、これを棄却する。

原告安田実六、原告安田豊、原告安田千恵および原告安田栄の請求は、いずれも、これを棄却する。

訴訟費用は、原告安田茂子と被告常本貢、被告宮田自動車株式会社との間に生じた分を二分し、その一を同原告の、その余を同被告らの連帯負担とし、原告安田茂子と被告上岡ハルヨとの間に生じた分を同原告の負担とし、その余の原告と被告らとの間に生じた分を、いずれもみぎの原告らそれぞれの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

原告ら訴訟代理人は、(一)被告らは、各自、原告安田茂子に対し金六五〇万円、同安田実六に対し金二〇万円、同安田豊に対し金一〇万円、同安田千恵に対し金一〇万円、同安田栄に対し金一〇万円、およびそれぞれに対する昭和四一年七月二二日から支払すみまで年五分の割合による金員を支払え、(二)訴訟費用は被告らの負担とする、との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

(請求原因)

原告ら訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告安田茂子は肩書住所において飲食業を経営したが、昭和四一年七月二一日後記の本件交通事故に遭遇して傷害を負つたもの、原告安田実六はその夫、原告安田豊・同安田千恵および同安田栄はいずれも原告安田茂子の子である。

他方、被告常本頁は肩書住所において菓子製造業を営んでいたが、昭和四一年五月倒産し現在無職であり、被告宮田自動車株式会社は肩書住所において自動車の修理・販売業を営んでおり、被告上岡ハルヨは肩書住所において個人タクシー業を営んでいるものである。

二、被告常本貢は、昭和四一年七月二一日午前〇時二〇分ごろ、広島市紙屋町二丁目バスセンター前の市街電車安全地帯に自己の運転する普通乗用車(トヨペツト、広五な五〇七五号、以下「本件自動車」という)を衝突させ、よつて同車に同乗していた原告安田茂子に対し、頭骨々折・脳底骨折・脳挫創・下顎骨上顎骨多骨片骨折・蓋破裂・顔面膝挫創・左肘関節脱臼、左第五中足骨々折等の重傷を負わせた。

三、本件事故の生じたにつき被告常本貢には次のような過失があつた。

本件事故現場は、広島市中心部を縦断する主要道路上であつて巾員二八・三メートルのきわめて見通しのよいものであるところ、当日、被告常本は原告茂子を食事に誘い、同女を前部左側助手席に同乗させて本件自動車を運転し、八丁堀方面より十日市方面に向い進行し本件事故現場附近道路にさしかかつたが、その前方には、前記市街電車の安全地帯があり、同所には電車の乗客を自動車等との衝突から守るために俗にダルマと称するコンクリートの防壁が設けられているところ、このような場合、自動車を運転する者は前方を注視してみぎ防壁との衡突を未然に回避すべき注意義務があるのに、被告常本は不覚にも居眠り運転をして、これを怠つたゝめに本件自動車前部をみぎ防壁に激突させ、よつて同乗の原告茂子を車内に転倒させて、同女に対し前記重傷を負わせたものである。

四、そして本件自動車は被告上岡ハルヨの所有で、被告宮田自動車株式会社がこれを預かり保管中であつて、更に同被告会社が被告常本貢に貸与して使用させていたところ、被告常本において本件事故を惹起したものであるから、被告上岡ハルヨならびに同宮田自動車株式会社はいずれも自己のために本件自動車を運行の用に供していたものというべく、したがつてその運行によつて生じた原告らの後記損害につき、被告常本と共にこれを賠償すべき責任がある。

五、本件事故によつて原告安田茂子が被つた損害は次のとおりである。

(一)  原告茂子は事故後直ちに広島市小網町一七五番地種村外科病院に収容され、引続き同院において同年九月二一日まで入院加療を受けたが、当初は前記受傷のため出血多量、高度の意識障碍、瞳孔左右不同痕等の症状を来たし重態に陥り、同院の当初診断によれば救命に成功するか否か保証の限りでなく、文字通り死地をさまよつたあげく、救命措置に万全を期した甲斐あつて九死に一生を得た。しかし同女の左下肢は血液循環障碍のため壊死状態に陥り、遂に膝関節部より切断するのやむなきに至つた。

その後同年九月二一日広島赤十字病院に転医し、同院にて同年一二月一七日まで入院加療を受け、引続き翌年六月一八日まで通院加療を受け、更に翌七月一九日より同年八月八日まで再び入院し、引続き同年九月二七日まで通院加療を受け、一応治癒した。

しかしながら、後遺症として現在なお右片頭痛右頬部の異和感を訴え、三又神経右等二枚の領域に知覚純麻を来たし、両側上肢の腱反射亢進ならびに異常脳波の出現を認め、また前記のとおり左下肢を切断し、右二ないし五趾は外反背屈位に拘縮し、頭部には受傷のしゆう状を残し、更に歯は上下一七歯を欠如するなどの症状に苦しんでおる。

これら同原告の障害は、中国労災病院において、労働者災害補償保険にいう後遺症等級は、左下肢を足関節以上で失つたもの・五級、局部に頑固な神経症状を残すもの・一二級、右足の第一の足指または他の四の足指の用を廃したもの・一二級、頸部しゆう状を残すもの・一二級、一七歯の欠如・一〇級と診断された。

(二)  前記入院または通院治療のために要した費用は、金七八万五九〇〇円であり、同原告はこの金額の支払いを余儀なくされ、同額の損害を被つた。

(三)  原告茂子は、前記一のとおり、本件事故当時飲食業を経営し月平均一一万円の収入を得ていたが、本件事故による受傷治療のため、事故発生の翌日より一応治癒した昭和四二年九月二七日まで約一四ケ月間みぎ経営を中断せざるを得なくなり、したがつてその間一五四万円の得べかりし収入を失い、同額の損害を被つた。

(四)  原告茂子は前記後遺症のために将来にわたり労働能力を喪失したのであるが、喪失率の測定については昭和三二年七月二日付基発五五一号労働省労働基準局長発各都道府県労働基準局長宛「労災保険法第二〇条の規定の解釈について」の通牒によるのが相当である。したがつて同女の後遺症は、五級、一〇級、一二級三ケ、合計五ケであつて、第一三級以上に該当する身体障害が二つある場合であるから、同女の身体障害の等級は少なくとも最も重い五級を一級繰りあげた四級に該当することゝなり、そうすると、労働能力喪失率は百分の九二となる。そして、同女は前記のとおり、本件事故当時年間一三二万円の収入をあげ、かつ治療当時四〇才であつて、六三才まで稼働できるものであつたから、稼働期間は二三年間、その間の得べかりし利益を現時に取得するものとして中間利息をホフマン式計算方法により控除すると、結局同原告が被つた労働能力の喪失によつて得べかりし収入を失つたことによる損害は、金一八二七万〇六四八円となる。

(五)  同原告は前記のとおり満身創夷の重傷を受けて死地をさまよつたあげく、九死に一生を得たものの、前記の片足切断や神経症状の後遺症に苦しみ、将来にわたり廃人同様の人生を約束されたに等しく、その精神的苦痛は死にまさるとも劣らない。よつてこれを慰籍するに金三〇〇万円をもつて相当とする。

六、前記のとおり原告安田茂子が本件事故のため被つた傷害は死と同視すべき頻死の重傷であり、ために原告安田実六は夫として、同安田豊、同安田千恵および同安田栄はそれぞれ子として、いずれも多大の精神的苦痛を受けた。よつて、これらを慰籍するに、みぎ原告各々に対してそれぞれ金五〇万円をもつてするのが相当である。

七、なお、原告茂子は、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険金一八一万円を受領した。なお、みぎのうち金一三一万円は、後遺症補償として、金五〇万円は、治療費にかかるものとして、査定されたものである。

八、よつて、被告らに対して、原告安田茂子は、前五記載損害慰籍料のうち金六五〇万円、原告安田実六は六記載の慰籍料のうち金二〇万円、同豊、同千恵ならびに同栄は六記載の慰籍料のうち、それぞれ金一〇万円と、これらに対する前記事故の発生した昭和四一年七月二一日の翌日から、支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの請求の趣旨・原因に対する答弁・主張)

被告ら訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求め、次のとおり述べた。

一、(被告常本関係)請求原因一記載の事実は認める。

ただし、個人タクシー業を営んでいるのは、被告上岡ハルヨではなく、その夫である。

(被告会社・上岡)被告会社の営業内容については認める、被告上岡は個人タクシー営業をしていない、その余り事実は知らない。

二、(被告常本)請求原因二・三記載の事実のうち、道路の状況は認める。同被告は原告茂子を食事に誘つたことはない。事故の態様に関しては認識がない。

(被告会社・上岡)同記載の事実は知らない。

三、(被告常本)請求原因四記載の事実のうち、本件自動車の所有関係は知らない。

被告常本は、被告会社に保管してあつた本件自動車を、特に承諾を得ることなく、本件事故当時運転していたものである。

(被告会社・上岡)本件自動車は、被告会社において被告上岡から、昭和四〇年一一月九日代金九万円で買い受けてこれを保管中であつたところ、被告常本において持出し運転したものである。

被告上岡は、既に本件自動車を売渡ずみであつて、事故当時は、この所有・運行にはなんらの関係もない。

四、(被告常本)請求原因五記載の事実のうち、被告茂子が種村外科医院に入院したこと、左足膝関節部を切断したこと、赤十字病院に入院したことは認める。

しかし、みぎ切断は受傷後二ケ月位経過した後であつて、これは医師の治療上の過失によるものである。

その余の同記載および六の事実は不知ないし争う。

(被告会社・上岡)同記載の事実はすべて知らない。同六記載の点は争う。

五、(被告ら)請求原因七記載の事実は認める。

六、(被告常本)被告常本は、事故前日の二〇日夕方、原告茂子経営のトリスバーに赴き同日午后一一時過頃まで飲酒したが、この間、同被告は、更に運転をする必要から適度の飲酒で終えようとしたのに、かえつて、同原告において長時間引き止めて飲酒をすすめた。そして、その後、同被告運転の自動車に同原告は同乗して広島市内「くいだおれ」に赴いて、更に飲酒した。同被告において運転して事故に至つたとしても、原告茂子は、自ら同被告に飲酒をすすめ、すでに酩酊していることを熟知しながら、同被告の運転する自動車に同乗したものである。

みぎの事情は、同被告の負担すべき賠償額の算定につき、大きく斟酌さるべきである。

(証拠関係)〔略〕

理由

一、〔証拠略〕によると請求原因二記載の事実(ただし、この傷害の程度は暫らくおく)が認められる。この認定に反する証拠はない。

二、被告常本貢の責任について判断する。

まず、本件事故現場の道路状況が原告主張のとおりであることは、同被告との間に争いがなく、前記一の認定に供した証拠によると、本件事故は、請求原因二・三記載の態様で発生したことが認められるところ、この事実と弁論の全趣旨によると、本件事故は同被告において前方注視を怠つたことに起因して惹起されたものと認め得べく、これらからすると、同被告には、本件事故の生じたにつき原告主張のとおりの過失のあつたものということができる。

したがつて、同被告は、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

三、つぎに、被告会社・被告上岡の責任について判断する。

(一)  原告らは本件自動車は被告上岡の所有で、被告会社が保管管理していた旨を主張する。

まず、〔証拠略〕によると、みぎは、自動車登録原簿上は被告上岡の所有と登録されていることが認められる。

しかし、〔証拠略〕によると、本件自動車は、昭和四〇年一一月以前においては、被告上岡の所有するところであり、同被告の子女上岡美智子が経営するバーの営業のため、同女らの使用にあてるべく、同被告が買主となつて購入して、この用途にあてられており、同被告の夫の営む個人タクシー営業にはこれとは別の車両が用いられていたこと、ついで、昭和四〇年一一月九日頃同被告は、被告会社から、前同様の用途にあてる新車両と買い替えるため、本件自動車を価格九万円と見積つて、被告会社に対しいわゆる下取車として提供してその所有権を譲渡したこと、それより後は、被告会社において管理使用していること、しかし、被告上岡、被告会社らは転売する目的から、その登録名義は被告上岡に存置したままであつたことの事実が認められる。この認定に反する証拠はない。

みぎに認定したとおり、被告上岡は、本件事故の日に先立つて本件自動車を被告会社に譲渡し、以後、本件事故当時も、被告会社において管理使用しているものであつて、他に特段の主張はないから、本件事故当時において、被告上岡が本件自動車を運行・使用する地位にあつたとはいえないところ、他に、被告上岡に本件自動車の運行に関し、その運行支配・運行利益の帰属する特段の事情を認めるに足る証拠はないから、本件事故に関し、被告上岡が運行供用者として責任を負うものとは認められない。

そうすると、他に主張・立証するところはないから、原告らの被告上岡に対する請求は、その余について判断するまでもなく、いずれもその理由がないものというべきである。

(二)  被告会社が本件自動車を本件事故前より買い受けていたことは自ら述べるところであつて、他に立証はないから、同被告は、みぎの保管者というべきところ、被告会社は、被告常本の持出運転をいう。

〔証拠略〕によると、被告常本は、事故直前にその事業が倒産したが、当時までに被告会社とは自動車の売買のあつた縁故から、本件自動車を、倒産後の事故前一ケ月半余前より被告会社において用いることのない折に、随時、数日の期間にわたつて営業・私用に用いるため、被告会社から借り受けていたこと、この間には、被告会社は買い取り方の商談をすすめ他方、被告常本が事業再開後取引のなされることの思惑から、長期間に及んで無償使用を許容していたものであつたこと、もつとも、被告会社において必要のあるときは、被告常本は期間を問わず返還していたこと、本件当時も、前同様にして、同被告は被告会社から、無償で借り受けていたことの事実が認められる。みぎの認定に反する証拠はない。

みぎからすると、被告常本において本件自動車を運転中に発生をみた本件事故につき、被告会社は運行供用者として責任を負うべく、他に免責の立証はないから、みぎ事故により原告茂子が受傷したことのため生じた損害を賠償すべき義務あるものというべきである。

四、そこで、原告茂子の損害等について検討する。

(一)  〔証拠略〕によると、原告は、請求原因五の(一)記載のとおり、本件事故による傷害のため種村外科医院・赤十字病院に入・通院したこと、この間の症状は同主張のとおりであつて、同原告は左下肢を膝関節部より切断したこと(ただし、被告常本との関係では、みぎのうち、入通院、下肢切断の点は争いない)、そして、みぎ退院後、昭和四二年九月二七日当時において前記傷害による症状は、後記整形手術を経るを相当とする点を除いては、医師によつて治ゆしたものと判断されたが、なお、その後にあつても、同主張のとおりの障害を残していること、これらについては同主張のとおりの障害等級にあたるとの診断がなされたことが認められる。

被告常本は、みぎのうち下肢の切断につきこれは医師の治療上の過失によるものと主張するが、〔証拠略〕によつて検討すると、みぎが治療上の過誤ないし不適切に起因するものであつたとは到底認め難い。

そして、他に前記各認定に反する証拠はない。

(二)  〔証拠略〕によると、原告茂子は、前記(一)認定の入・通院治療に関しその治療費・付添費・義足購入費として、合計五六万三三六八円を支出したことが認められ、前記(一)認定に供した証拠とあわせ考えると、この支出は、本件事故による前記傷害の治療のために必要であつたものと認められる。そして、前記甲号各証には、みぎを超える支出に関する記載があるが、これによつては、前認定を超える支出・損害を肯定するに十分でなく、他に証拠はない。みぎによると、同原告は前認定の支出をなしたことにより同額の損害を被つたものということができる。

(三)  原告茂子が事故当時飲食店を経営していたことは、被告常本との関係では争いがない。〔証拠略〕によると、事故当時、同原告は広島市白島町において、いわゆるトリスバーを営んでいたこと、これは、他に雇用することなく、同女のみがその業務に従事していたこと、そして、同店の収入は、営業上の経営を控除して、昭和四〇年度においては月額平均して少なくとも八万円以上、昭和四一年度は六月までで平均月額一〇万円以上であつたことが認められるところ、同原告が本件事故により受傷して後、昭和四二年九月下旬までの一四ケ月間、休業のやむなきに至つたこと、みぎは同原告が本件事故により受傷したことのためであつたことが認められる。そして、前記各証拠によつて検討すると、前記に認定し得た収入につき同原告において前記営業に自ら従事してその労務により得るところは、本件事故当時にあつて少なくとも金八万円とみて過大ではないと認められるから、同原告は本件事故により受傷することのなければ、なお前記営業に就いて、みぎ同額の純益を得ることのできたものと推認できる。

したがつて、同原告は、本件事故のため、前記期間においてみぎ同額の得べかりし収入を失い、同額の損害を被つたものというべく、みぎは、同原告主張の基準時の後に得るものであるから、みぎ基準時において請求するものとして、月毎に年五分の割合による中間利息を控除して合算すると、金一〇八万六三四四円となる。

(四)  原告茂子が、本件事故により受けた前記の傷害のため、その程度の点はしばらくおき、その労働能力の一部を喪失したことは、前記(一)・(三)に認定した事実から、これを推認できる。

そこで、みぎの喪失の割合、これによる損害について検討する。

まず、同原告の後遺障害の点は、前記(一)の認定に供した証拠によると、原告主張の請求原因五の(一)記載のとおりであり、これらについては原告のいう通達の定める喪失率は原告主張のとおりではある。

しかし、〔証拠略〕によると、同原告の営んでいた前記のトリスバーは、昭和四四年七月頃から同一商号で同一店舗によつて、その営業を再開したこと、再開後は、同原告の長女がその業務にあたつているが、同原告においても同店舗において稼働していること、しかし、同原告においてなすところは、もつぱら客の接待等であつて、従前行つていた飲食物などの仕度調理などの労務を行うことは著しく困難であること、同原告は、昭和三二年より前記営業をはじめ、引き続きこれにあたつていたことの事実が認められる。

そして、この事実からすると、同原告はなおみぎの稼働にあたるものと推認できる。これらの事実と同原告の前記傷害の実状から考えると、原告主張の割合により稼働能力の喪失・損害の生ずるものとは認め難く、前記事故後の稼働の態様と障害の程度に同営業は再開後みぎ両名によつて営まれるに格段の支障のあることを認め得る証拠はないことなどからすると、原告茂子は、本件事故により負つた傷害による障害のため、その稼働能力を一部喪失したことにより、前記に認定し得た収入額の五〇%相当の額の得べかりし利益を失うものと推認することができる。そして同原告のみぎの稼働は、その態様からすると、五〇年に達するまでとみるべきである。同原告は、昭和二年六月一四日生れであるから(この点は同原告本人尋問の結果により認められる)、原告主張の時、昭和四二年一〇月からみぎ年令に達するまでの一〇年間において、前記得べかりし利益を失い、これにより同額の損害を被むるものというべきところみぎを超える額、期間にわたつて損害の生ずべきことを推認し得る証拠はないというほかない。

そうだとすると、同原告は、本件事故のため、前記期間にわたつて、前同額の年間四八万円の得べかりし利益を失い、これにより同額の損害を被むるものというべく、みぎにつき、年毎にホフマン式計算方法によつて、中間利息を控除して、合算すると、金三八一万三五五二円となる。

(五)  最後に慰藉料について検討する。

まず、原告茂子が被つた傷害は前記(一)のとおりであるところ、〔証拠略〕によると、同原告は事故後四年にして、なお、戸外では杖の使用が必要であり、現存する右足拇趾の変形、機能障害のため歩行に難のあること、額面、口蓋にうけた損傷、歯牙欠損からその容貌に少なからざる変貌をきたしたこと、もつとも、拇趾については、再手術によりそのある程度の改善の期待されることなどの事実が認められる。

これらの事実と前記のとおり、不十分ながら従前の労務に服し得たこと、この間に被むるであろう損害の認容し得べきことの点に本件事故に至る経緯に関する後記五記載の事情と、本件における一切の事情を考慮すると、同原告の受くべき慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当とする。

五、被告常本は過失相殺を主張するところ、同被告・被告会社の負担すべき賠償額の算定につき斟酌し得る同原告の事情に関して検討する。

〔証拠略〕によると、被告常本は、事故前数ケ月前より原告茂子とトリスバーの客として知り合いとなり、事故当時までに、同原告において同被告運転の自動車に同乗することもままあり、また終業後同乗して共に飲食することのあつたこと、本件事故にあつても、同原告は、その前日夕方同店を訪ずれた同被告に対し同所で夜半近くまで酒肴を提供したのち、終業後、同被告運転の本件自動車に同乗して、共に広島市内新天地所在の「くいだおれ」に赴き、同所で共に更に飲酒したのち、再び、前同様本件自動車に同乗して同所から紙屋町方面に向つて走行し、その際本件事故に至つたものであること、そして、両名は事故時の状況については、なんら記憶のないことの事実が認められ、これに反する証拠はない。ところで、本件事故の原因たる同被告の前方不注視・運転の不適切は、みぎに認定した飲酒による酩酊のためであることは、前記一の認定に供した証拠により明らかである。そして、前認定の事実からすると、同原告は事故当時同被告において相当に飲酒し、そのため正常な運転をなすに著しく困難な状態にあつたことは十分に認識していたものであつたと認められるから、同原告としては、同被告の酩酊の去らないにおいては、同乗は慎しむべきが当然であつたものというべく、また前記認定の事実からすると、同原告が被告常本の運転する車に同乗して走行を共にすることとなつたのは、全く任意にこれが行動にでたものと認めることができる。本件において、同原告が本件事故に遭遇するに至つたには、みぎの事情のあるもので、この点からすると、本件事故により同原告が被つた損害のすべてを被告常本・被告会社に負担せしめるのは、著しく妥当を欠くものというべく、みぎの事情を考慮して、前記四の(三)・(四)の損害に関しては、みぎ被告らの賠償すべき額を定めるを相当とすべく、これを金三二〇万円とする。

六、原告茂子において、請求原因七記載のとおり保険金を受領したことは争いがない。そして、他の特段の立証はないから、その査定に従い、うち金一三一万円は前記四の(三)・(四)掲記の得べかりし利益の喪失による損害、金五〇万円は(二)の治療費の支払にそれぞれ充当すべく、そうすると、その残余は金一八九万円および金六万三三六八円となる。

七、つぎに原告茂子を除くその余の原告らの各請求について判断する。

原告安田実六が原告茂子の夫、その余の原告らが原告茂子の子であることは、被告常本との関係では争いなく、被告会社との関係では、〔証拠略〕によつて明らかである。

ところで、原告茂子が本件事故により被つた傷害の部位・程度は前記四の(一)に認定のとおりであるところ、これらの点をあわせ、本件全証拠によつて検討するも、みぎ各原告らは、原告茂子が死亡したに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を被つたものとは認め難いし、他に特段の立証はないから、前記原告らが原告茂子の受傷したことにより、自らの被つたとする精神的苦痛につき、その慰藉を求めるところは、いずれも、その理由がない。

八、そうすると、被告常本・被告会社は、原告茂子に対し、同原告が本件事故により被つた前記認定の損害・慰藉料合計二九五万三三六八円と、これに対する事故の日の翌日、昭和四一年七月二二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものというべきであるが、原告茂子の同被告らに対するその余の請求、および被告上岡に対する請求は、いずれもその理由がなく、かつ、その余の原告らの被告らに対する各請求は、いずれも、その理由がない。

よつて、原告らの本訴各請求のうち、原告茂子の被告常本・被告会社に対する請求は、前認定の限度で、これを認容するが、その余、および被告上岡に対する請求、その余の原告らの各請求は、いずれも、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、なお、仮執行の宣言は相当でないものと認められるから、これを付さないものとし、主文のとおり、判決する。

(裁判官 北村恬夫)

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